vol.2では、バッグを代官山のお店に置いてもらうようになったお話でした。
ブランドを始めたきっかけ 「NYでのできごと」編
さて、数点が売れて気をよくしていた私でしたが、まだ化粧品会社に勤める会社員。
漠然とバッグに興味を持ちつつも、当然ながら社員としての仕事が待っています。
1時間20分の満員電車で通勤の日々。
当時、海外向けの化粧品をいくつか担当していたこともあって、度々海外出張がありました。多い時で2ヶ月に1度NYや、半月行きっぱなしのパリ、NY、香港、相撲巡業みたいな出張も。
(この貴重な経験、その後の私の糧になっています)
NY出張では打ち合わせ以外ほとんどの時間を、5番街の百貨店やSOHOのおしゃれセレクトショップなどの市場調査に費やします。
マンハッタンの北から南と、ひたすら歩き回ります。バッグはもちろん自作のバッグ。
パッケージも可愛く、魅力的な色揃えの化粧品を見て試したり、人気のお店に入ったり。
こうして肌で感じる海外、まだ20代だった私。
それはもう刺激でいっぱいです。見るもの全てが楽しくて魅力的に見えました。
ある日のこと。
お店、百貨店、と立て続けに1日に3人、そのバッグどこの?と聞かれました。 百貨店にお勤めの販売員さんには、今ここで買うからそのバッグ売って!とも(さすが自由の国)
SOHOのセレクトショップに入った時です。販売の方に、オーナー兼バイヤーにコンタクト取りたかったら聞いてみようか?というような出来事もありました。
え?なに、私が作ったバッグ、どうしたどうした?
代官山で売れた、NYでも声をかけてくれる!
意外に私のバッグ行けちゃう??
気分良く無事に帰国後、心の中で沸々と湧き上がってくるものを感じるようになってきます。
でも、それはとんでもない大きな勘違いだったと、後で思い知ることになるのでした。